「橋」岡本かの子 44歳の作品                1933年(昭和8)雑誌「新潮」5月号初出

朗読時間:7.20分  読み手:NT

 こどものときから妙に橋というものが好きだった。……どの橋でも真新しい日和下駄の前を橋板に突き当てて、こんと音をさせ、その拍子に後歯を橋板にからりと鳴らす必要があった。こん からり 足を踏み違えて橋詰から橋詰まで……そこでぴょんぴょん跳ねて悦んだ。

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 やがて頭にかぶさるようにリアルト橋が来た。私は船頭にそういって船を橋岸につけて貰った。テームズのロンドン橋でもセーヌの新橋でも使わなかったあの日和下駄を手鞄から取り出した。……東詰から西詰へ西詰から東詰へ私は勇気を出して日和下駄を鳴らして渡った。……私は私の期待した以外の意味で満足させられた。

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 あーあ、よくまあ私は今まで生きてこのような橋さえ渡れる。